会報 212号 05' 12/01
目次
- 巻頭随想
- 「カントリー&ウエスタン」 グラフィック・パッケージ 近久智彦
- 11月定例理事会
- 5議案可決
- 特別賛助会費決定、記念誌掲載料も
- 組織委員会設置を承認
- 創立50周年記念事業概要
- 創立50周年記念事業概要
- 50周年事業統一テーマ
- 50周年事業の検討進む
- 創立50周年記念事業企画委員会
- PLAZA
- 三田バスツアー
- 「おかえりなさい石津謙介さん」
- 「京都の不思議」の著者を迎えて
- 終戦記念イベント・谷川さんが戦争を語る
- 第6回ファッション講演会開く
- 今竹さんに大阪府知事表彰
- 前田和紀さんが初代学部長に
- 展覧会あれこれ
- 親子でマスターズ優勝
- 片山さんがペットグッズショップ開店
- 第50回ゴルフコンペ・宮川さんが4年ぶり優勝
- 中根清さんをしのんで
- 中根清さん 参与
- 「ご苦労様でした」 谷川順一
- 「大番頭」 奥村幸一
- 「上司」 吉川博教
- 「中根清さんを悼む」 巽正和
- 「いっかどの人として」 飯田吉秋
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巻頭随想
「カントリー&ウエスタン」
グラフィック・パッケージ 近久智彦
DASサロンの場で次の会報への寄稿を依頼された時、ほろ酔いも手伝った軽い気持で、難しい話もなんだから「それじゃ、愛猫のことでも書きましょうか」などと言ってしまった。
しかし良く考えると、これは身内の自慢をあれこれ並べるのと同じで、他人様には面白くもないことに気づき、動物愛も良いけれど、少し広げて人への愛について書くことにした。とはいえ、哲学的な人間愛などは柄でもなく、もっと平易な話なので期待せずに読んでいただきたい。
実は私は、カントリー&ウエスタン音楽、略してC&Wが好きである。もともと音楽全般が嫌いではなく、その中でも、メロディーが聞こえて来ると気分がいちばん浮き立つという程度のC&W愛好者で、専門的に詳しいわけではない。
どこが好きかというと、まず音。五絃バンジョー、フィドルなど、調子は良いが流麗とは言い難い引っ掛かりのある音が、それこそ心に引っ掛かってくる。C&Wの中でもアコースティックなのが特にそうで、ま、いわば素朴なヤツである。
しかし、音色もさることながら、歌詞が良い。西部開拓時代は女性が少なかったのか、失恋や片思いの唄がやたら多いのだが、だから死にたいなどと妙に湿っぽくなく、むしろ女性への憧れを謳い上げる調子のもので、余り暗くはない。
C&W という音楽ジャンルの全盛は1920年以降らしいが、そのルーツと思しきは、旧き良き時代のアメリカ。我が国では江戸末期で、平民が憧れびとへの賛美を、こんなに大らかに日常感覚で表現したのは少ない。さすが自由の国アメリカである。私は日本人的な心情の男で、特に米国びいきでもなく、政治的過ぎる今の彼の国はむしろ好きではない。しかしC&Wの持味がかもす素朴で人間味ある旧きアメリカには好感が持てる。女性だけでなく、家族・友への愛にも真情がある。
というわけで、C&Wを聞いている時しばしば思うのだが、我らがなりわいとするデザインなる分野は、こんな風に素直に人を愛する気持をベースには出来ない“定め”のものだろうか…。マーケティングなど他に勝つ論理を優先し、デザインはそのためにあることが当然になっていて、人の幸せを願う心でデザインすることを忘れているのではないか…。せめて使う人の喜ぶ顔を思い浮かべてデザインしたい…。などと思うのである。
最後に「モーリー・ダーリン」の歌詞の末節を書いて雑文を終わります。
Molly, fairest, sweetest, dearest
Look up, darling, tell me this
Do you love me, Molly darling
Let your answer be a kiss
なんか少々、年がいもなく甘くなり過ぎたかな。
1939年箕面市生まれ。京都美術大学工芸科図案専攻卒。(株)博報堂での広告制作を経て、1968年、現業(株)イングアソシエイツの前身を設立、代表者として現在に至る。同社ではグラフィック、パッケージ、プロダクト、店舗設計を行う。
11月定例理事会
5議案可決
11月定例理事会が11月25日午後3時半から大阪市北区梅田の(株)毎日文化センター302号室で開かれた。佐野正一副理事長が議長を務め、5議案が上程・審議され、いずれも全会一致で原案通り可決・承認された。
- 第1号議案は創立50周年記念事業概要の件で、創立50周年記念事業企画委員会の大門敏彦委員長が概要を説明した。
- 第2号議案は創立50周年記念事業特別賛助会費と記念誌掲載料の件で、創立50周年記念事業企画委員会の案が審議され、可決された。
- 第3号議案は組織委員会設立承認の件で、その内容と目的はこのページの最下段で説明します。
- 第4号議案は平成17年度上期事業報告の件、第5号議案は平成17年度下期事業計画の件で、黒田耕太郎事務局長が報告・説明した。
内容は総会で1年間まとめて報告されるので、省略します。
特別賛助会費決定、記念誌掲載料も
第2号議案の創立50周年記念事業特別賛助会費と記念誌掲載料の件は、DASが来年9月2日に創立50周年を迎えるのを記念して行う記念事業の運営資金に関する議案である。
- DASは本年5月31日開会の平成17年通常総会で「創立50周年記念事業に関する議案」を満場一致可決した。
- その内容は「創立50周年記念事業を実施する。事業内容、進め方などは記念事業企画委員会で検討し、理事会の承認を得て実施する」であった。
- つまり、50周年記念事業の実施を会員が総意で承認し、その具体的内容の審議と承認は、企画委員会と理事会に付託されたことになる。
- 創立50周年記念事業企画委員会は昨年11月の定例理事会で設置が承認され、佐治信忠理事長が41名の委員を任命、本年4月20日に第1回委員会を開き、大門敏彦常任理事を委員長に互選した。
- 企画委員会はその後、全体会と部会を重ね、記念事業の内容を検討するとともに、特別賛助会費の名目で運営資金の負担を会員にお願いすることを決め、今回、理事会の承認を得た。
- 役員以外の個人会員の場合、記念誌にプロフィルと作品の掲載を希望される方は、合計3万円のご負担となる(記念誌掲載を希望しない場合は1万円)。
創立50周年記念事業特別賛助会費
- D・A会員=1口1万円
- 理事、監事、参与=1口3万円
- S会員=1口5万円
創立50周年記念誌掲載料
- D・A会員=1ページ2万円
- S会員=1ページ5万円
組織委員会設置を承認
第 3号議案の組織委員会は理事選出に関して、本年8月の理事会で示された議長裁定に基づいて、佐治信忠理事長が設置し、委員8名を任命し、理事会に承認を求めたもの。その目的は「組織の改革、整備などを推進する」となっている。当面は「D会員の理事は分野別推薦制で選ぶ」という議長裁定の具体案を審議する。
本年10月6日に第1回委員会が開かれ、多田愛実委員が全会一致で委員長に互選された。他の委員次の通り(敬称略、50音順)。今竹翠、金野隼人、小林敬一郎、大門敏彦、仲西多美子、馬渡喜穂、吉川博教
創立50周年記念事業概要
創立50周年記念事業概要(検討中を含む)
統一テーマ
「守・破・離 次代を拓く」
記念式典
平成18年9月9日(土)午後2時から(予定)、毎日新聞オーバルホール①理事長挨拶、来賓祝辞、永年継続会員表彰などの式典②シンポジウム③懇親パーティ(音楽演出を検討中)
記念誌
- A4版、カラーとモノクロの混在、記念式典に配布
- 巻頭に佐治信忠理事長、佐野正一副理事長の挨拶と、出口正作毎日新聞大阪本社代表の祝辞を予定。
- デザイン史(約130ページ)総論=宮島久雄氏(前国立国際美術館長)、各論=10分野の会員がそれぞれ執筆
- 現会員の作品集(D, A, S会員)(約130ページ)=希望者に1人(社)1ページを割り当て、プロフィルと代表作品などを掲載。ただし、掲載料を負担していただく。
- 資料編(約30ページ)=DASの歩み(ベテラン会員の原稿を含む)、歴代役員名簿、「金、銀の卵賞」受賞者名と作品写真一覧など。
シンポジウム
- 学生デザインシンポジウム(仮称)平成18年8月29日(火)または30日(水)毎日新聞オーバルホール
- 「守・破・離」をテーマにした会員によるシンポジウム(基調講演あり)=式典での実施を検討中
展覧会
- 学生、高校生デザイン賞回顧写真展(大阪、名古屋、東京など計画中)
- 会員作品展(年3, 4回=12月恒例のDAS展を含む。参加作品の中から、ミラノ・サローネ出展作品を選ぶ)
国際交流
再来年の第46回ミラノ・サローネ(平成19年4月3日~10日)へ参加
(DAS会員の作品を出品、合わせて有志でミラノを訪ねる)
50周年事業統一テーマ

「守・破・離」とは、よき「型」(伝統技法)を守りつつ、合わなくなった殻を破り、これまでの「型」から離れて独自のもの創出するという意味。茶道から生まれた言葉で、演劇、武道の世界でも使われる。50周年記念事業統一テーマ「守・破・離―次代を拓く」には、半世紀のDASの歩みを検証しつつ、次代を拓く目を養おうという気持ちが込められている。
50周年事業の検討進む
創立50周年記念事業の検討が下記の8部会によって精力的に進められている。大門敏彦委員長は「来年4月1日から1年余を50周年事業の実施期間としたい。企画委員会は近く実行委員会に改め、出来るだけ多くの会員の協力を仰ぎたい」といっている。
創立50周年記念事業企画委員会 (委員長 大門敏彦)
部会名簿 (敬称略、順不同、◎は部会長)
- テーマ
- ◎金野隼人、粟井隼一、飯田吉秋、植松豊行、坪文子、山崎泰孝 (6名)
- 広報
- ◎木村一男、杉崎真之助(2名)
- 記念誌
- ◎渡邊敏雄、奥村昭夫、太田隆信、小林敬一郎、澤村洋二、(5名)
- 記念式典
- ◎多井幸男、岡野弘幹、鴻上和雄、平井宥子、古田義弘、山﨑昌久(6名)
- シンポジウム・講演会
- ◎巽正和、小田順子、佐々木煕、千田要宗、中川志信、吉川博教 (6名)
- 展覧会
- ◎井上斌策、浅田勝、柴野晶子、原英雄、馬渡喜穂、宮川憲明 (6名)
- 国際交流
- ◎梅原豊和、高田雄吉、能口仁宏、広瀬カヤ子、山田崇雄 (5名)
- 運営 (予算・協賛・資金繰り・委員会の全体調整など)
- ◎大門敏彦、嶋高宏、多田愛実、西尾直、黒田耕太郎 (5名)
PLAZA
三田バスツアー

DASイベント「秋の三田・丹後路バスツアー」が10月22日、行われた。
午前9時45分、参加を申し込んだ24名全員がJR「三田」駅に集合し、貸切のマイクロバスで三田市と篠山市今田の漆作家、柿渋作家のアトリエやギャラリー・カフェなどを巡り、今田薬師温泉で秋の香りいっぱいの昼食に舌鼓を打った。
道案内は、世話人、富本公子さん(FS)の友人で、元三田市職員の中村忍さんにお願いし、片時もマイクを手放さない郷土愛あふれる名調子に、参加者は時間を忘れて聞き入った。
参加者
海老原直子、大門敏彦、多田愛実、立亀三沙、中務頼子、平井宥子、大城戸建雄、馬渡喜穂、宮川憲明、富本公子、永山伯子、黒田耕太郎ほかゲスト12名(順不同、敬称略)
「おかえりなさい石津謙介さん」
平成17年5月24日、93歳で永眠された参与の石津謙介さんをしのぶ「おかえりなさい石津謙介さん」が10月25日、大阪市中央区備後町の輸出繊維会館地下ホールで開かれた。 会場の3面の壁の前には、ダンディ・石津さんのありし日の姿を映した大型写真が、所狭しと並べられた。3箇所に置かれた大型ビデオでは、石津さんが料理する姿などが映像で終日、流され、訪れた人たちは石津さんと会話している気分に浸っていた。
「京都の不思議」の著者を迎えて
2005年度のイベント第2弾となる講演会が「京都の不思議」の著者、黒田正子さんを迎えて7月26日午後6時半から、大阪市北区の毎日新聞ビル9階「喫茶ルーム」で開かれた=写真。 黒田さんは2巻からなる「京都の不思議」の執筆動機、取材経過、出版後の反響などを約1時間語った。この後、懇親パーティがあり、会場に並べた著書が完売して、黒田さんは大喜びだった。
参加者
浅田勝、植松曄子、海老原直子、岡野弘幹、門坂喜美子、金野隼人、熊谷和郎、坂本忠敬、澤村洋二、嶋高宏、城森輝郎、大門敏彦、高橋利子、多田愛実、富本公子、能口仁宏、葉室三千子、広瀬カヤ子、平井宥子、福村保、馬渡喜穂、松下久美子、宮川憲明、山岸邦雄、山田悦央、岡信吾、園部孝、津久井知栄子、高橋徹、永山伯子、黒田耕太郎ほかゲスト含め計51名(敬称略、順不同)
終戦記念イベント・谷川さんが戦争を語る
8月の終戦60周年を記念したDASイベントが「ムッシュ谷川、戦争を語る」と題して8月22日午後6時半から、大阪市北区の毎日新聞ビル9階「喫茶ルーム」で開かれた。
司会の嶋高宏・事業活性委員長が講師の谷川順一副理事長を紹介。谷川さんは昭和16年、最初の召集から帰国したとき描いた油絵の話から入り、昭和18年の2 度目の召集で所属した陸軍歩兵第128連隊の南方戦線での戦闘から、ビルマでの収容所生活までを淡々と語った。特に、終戦間際、将校だった弟さんとの戦場での別れが感動を呼んだ。
参加者
粟井隼一、上田マナツ、片山葉子、澤村洋二、嶋高宏、大門敏彦、高田宗治、富本公子、野見康雄、橋本繁美、馬渡喜穂、深井麗雄、永山伯子、黒田耕太郎ほかゲスト含め計32名(敬称略、順不同)
第6回ファッション講演会開く
第6回ファッション講演会が「今、なぜニューヨークなのか」と題して11月15日午後2時から大阪市北区の毎日新聞大阪本社501研修ルームで開かれた。
講師はDAS初登壇の田中智之さん(「デザインルームヒロセ」主宰)。10月にニューヨークで購入したばかりの衣服を女性のモデルさんに着せ、最新のニューヨークファッションを2時間に渡って解説した。
参加者
青木芳子、大菅てる子、小田順子、門坂喜美子、近藤年子、柴野晶子、坪文子、平沢匠、津久井知栄子、永山伯子、黒田耕太郎ほかゲストを含め計23名
今竹さんに大阪府知事表彰
今竹翠さん(A)は長年DAS理事として、デザイン振興と大阪府産業の発展に尽力したとして11月9日、太田房江知事から平成17年度大阪府商工関係者表彰の賞状を受けた。
前田和紀さんが初代学部長に
富山大学、高岡短期大学、富山医科薬科大学は10月1日付で、8学部を擁する富山大学として統合され、芸術文化学部の初代学部長に前田和紀さん(GP)が就任した。
展覧会あれこれ
個展
- 大森重志さん(GP)「水彩画展・花・静物・風景」5月16日~31日=Caffe NEUTRAL▽「プロヴァンス地方とパリの風景」12月6日~11日=ギャラリーミウラ
- 寺田眞理子さん(CR)「PLUS+」5月16日~21 日=東京・金鳳堂画廊▽「収穫の時」11月15日~25日=画廊花みつ
- 中尾少風さん(GP)「senses=death+creat56n」7月 11日~16日=茶屋町画廊
- 浅田勝さん(GP)「備前焼陶印と遊墨展」7月30日~8月13日=ギャラリーKarts
- 高橋利子さん(GP) 「まとうori」11月22日~27日=ギャラリー寸田
- 馬渡喜穂さん(CR)「やさしい光につつまれて」11月24日~12日2日=ギャラリー西天満
グループ展
- 岡信吾(S)、大森重志、延安敬子、坂東由章(以上GP)各氏ほかパッケージデザイン展「NEWホワイトデー」=3月14日~24日=平和紙業ペーパーボイス
- 荒木志華乃、嶋高宏、杉崎真之助、藤田隆(以上GP)岡信吾(S)各氏ほか「さくら・酔う」3 月30日~4月3日=伊丹市立工芸センター▽「さくら・舞う」4月8日~10日=太融寺
- 荒木志華乃、高田雄吉、田村昭彦(以上GP)、喜多俊之 (ID)、宮本知(A)各氏ほか「美の冒険者たち」7月19日~24日=アートコートギャラリー
- 松下久美子さん(OT)主宰「テーブルコーディネート展・集う樹」7月21日~23日=大阪市立総合生涯学習センター
- 夏原晃子さん(CR)ほか「作家たちの戯び心」12月19日~24日=番画廊
親子でマスターズ優勝
葉室三千子さん(A)と長女の広瀬カヤ子さん(CR)が7月に大阪府門真市で開かれた2005年度日本マスターズ水泳選手権大会)ジャパンマスターズ 2005)に出場、葉室さんは85歳区分の50、百、2百メートルの平泳ぎで、広瀬さんは55歳区分の百メートル平泳ぎで、それぞれ優勝した。優勝記録は葉室さん(50メートル平泳ぎ)が1分16秒92、広瀬さんが1分35秒31。葉室さんは10月に横浜市で開かれたウーマンズ・マスターズでも2種目で優勝、大阪府教委から平成17年度大阪スポーツ賞の優秀選手賞を受けた。
片山さんがペットグッズショップ開店
片山葉子さん(TX)が9月、大阪市北区鶴野町4にペットグッズショップ「楽・珍・感」をオープンした。片山さんが描いたペットの絵入りグッズが並べられ、ペットの洗い場も併設されている。
第50回ゴルフコンペ・宮川さんが4年ぶり優勝
第50回理事長杯ゴルフコンペは11月1日、4回連続となる千刈カンツリー倶楽部(兵庫県三田市)で行われ、宮川憲明さん(CS)がN76で4年ぶり4回目の優勝を果たした。
快晴に恵まれ、ゲストを含む11名がハンディ戦に腕を競った。プレー後、懇親会行われ、理事長杯に続いて、サントリー、毎日新聞社からの豪華賞品と第50回を記念してゴルフボールセットが西尾直常任理事から全員に手渡された。(今回から個人成績は、優勝者を除いて掲載いたしません)
参加者
宮川憲明、井上圭一、西尾直、大浦丈史郎、和栗敬一郎、岡安好司、福田武、梅原豊和、黒田耕太郎(敬称略、成績順)ほかゲスト2名
中根清さんをしのんで
中根清さん 参与
6月27日、逝去。82歳。昭和52年、DAS入会、58年から63年まで専務理事を務めた後、参与。松下電器産業株式会社客員。
ご苦労様でした 谷川順一
1983年、DASが実施したデザイン友好訪中団の秘書長という大役を務めていただいたのが、中根清さんでした。 出国手続きのためや、北京からの招聘状が届くまで、中国領事館に何回も同行しました。北京に到着して最初に当局と接触されたのも中根さんでした。
今から二十数年前となる訪中は、現地ではじめて宿泊ホテルを知り、行動スケジュールが確認できるという状態でした。旅行中にも大変、ご苦労をおかけしました。
(副理事長、前DAS友好訪中団団長 谷川順一=D会員・TX)
大番頭 奥村幸一
中根さんは、DASの大番頭で、わたしは手代。中根さんが外なら、わたしは内。ひとつ屋根の下で5年間、共に暮らして、大店を守った。
中根さんは、松下OB、JIDA会員、日本文化デザイン会議のメンバーだったから、顔が広かった。1980年代前半は、デザイン交流の揺籃の時代。国デ協 (財・国際デザイン交流協会)や大デ連(大阪デザイン団体連合機構)が1981年、同じ時期に発足した。フォーラムやコンベンションが流行しはじめ、デザイナーが群がるようになった。
そんなころ、中根さんは、DASを外に向けて発展させる立役者だった。
(参与・元専務理事事務局長 奥村幸一=A会員)
上司 吉川博教
ついついこの間までいくつかのデザイン団体の会合やパーティでお会いしていたのに、ご逝去されたとの訃報に接し、驚きました。
かつての私の勤務先での上司でもあり、そして私の独立後はDASでの専務、理事の関係でした。さらに、地方の講演会でもしばしば取り立てて頂きました。そんなご縁でいつもお目にかけて頂き、応援して頂いていた気がしています。今も、デザインが取り持つ縁ということで、どこかでひょこっとお会いする気がしています。
人の命数は是非なき次第とはいえ、本当に寂しい気がします。
DAS専務として、ご活躍の頃を偲びながらご生前のご厚情に感謝している次第です。
(常任理事 吉川博教=D会員・ID)
中根清さんを悼む 巽正和
中根さんとは三度の出会いがあり、三つの仕事を一緒にしました。最初は1972年頃、中根さんがテレビ事業本部で特機開発担当部長でした。本社意匠部が開発していたビジネスマンション用特注テレビの開発をお願いしたことがありました。半年ほどのお付き合いでした。
二度目は1977年2月、中根さんが本社意匠センター所長として着任されたときです。その後、私が電化本部デザイン部へ転勤するまで一年ほどお世話になりました。
三度目は私が松下電器を定年退職し、財団法人国際デザイン交流協会へ常務理事・事務局長として着任した(1993年12月)頃で、すでに企画実行委員会メンバーをされていた中根さんには協会のことを随分教えてもらいました。 中根さんの印象は、いつもデザインに前向きで、仕事も身なりもきちんとしたことを好む方でした。また、何処かで四度目の出会いと仕事が待っているかもしれません。心よりご冥福をお祈りいたします。
(巽正和=D会員・ID)
いっかどの人として 飯田吉秋
故中根清さんに初めてお会いしたのは、私が松下在職当時の1970年。ヨーロッパ向けアンプとチュナー開発プロジェクトの総責任者であり、上司でもあった。後、松下電器産業のデザインセンター所長という重責に就かれた。在職中のみならず、退職後もDAS入会の推薦人など37年間、公私ともにお世話になった。そして、明末の儒家・洪自誠の「三分の侠気、一点の素心」(菜根譚の前編十五条)、人と交わるには、少なくとも三分の義侠心を持ち合った友情でなければならない。また、世に出ていっかどの人物となるには、そのような友情もさることながら、常に不動な我が一点の本心を堅持して、何事にも一本の筋を通す事が肝要である、という考えを示してくださった。
私の人生の師と仰ぐ先輩だ。合掌。
(理事 飯田吉秋=D会員・ID)