グラフィック・パッケージ 近久智彦
DASサロンの場で次の会報への寄稿を依頼された時、ほろ酔いも手伝った軽い気持で、難しい話もなんだから「それじゃ、愛猫のことでも書きましょうか」などと言ってしまった。
しかし良く考えると、これは身内の自慢をあれこれ並べるのと同じで、他人様には面白くもないことに気づき、動物愛も良いけれど、少し広げて人への愛について書くことにした。とはいえ、哲学的な人間愛などは柄でもなく、もっと平易な話なので期待せずに読んでいただきたい。
実は私は、カントリー&ウエスタン音楽、略してC&Wが好きである。もともと音楽全般が嫌いではなく、その中でも、メロディーが聞こえて来ると気分がいちばん浮き立つという程度のC&W愛好者で、専門的に詳しいわけではない。
どこが好きかというと、まず音。五絃バンジョー、フィドルなど、調子は良いが流麗とは言い難い引っ掛かりのある音が、それこそ心に引っ掛かってくる。C&Wの中でもアコースティックなのが特にそうで、ま、いわば素朴なヤツである。
しかし、音色もさることながら、歌詞が良い。西部開拓時代は女性が少なかったのか、失恋や片思いの唄がやたら多いのだが、だから死にたいなどと妙に湿っぽくなく、むしろ女性への憧れを謳い上げる調子のもので、余り暗くはない。
C&W という音楽ジャンルの全盛は1920年以降らしいが、そのルーツと思しきは、旧き良き時代のアメリカ。我が国では江戸末期で、平民が憧れびとへの賛美を、こんなに大らかに日常感覚で表現したのは少ない。さすが自由の国アメリカである。私は日本人的な心情の男で、特に米国びいきでもなく、政治的過ぎる今の彼の国はむしろ好きではない。しかしC&Wの持味がかもす素朴で人間味ある旧きアメリカには好感が持てる。女性だけでなく、家族・友への愛にも真情がある。
というわけで、C&Wを聞いている時しばしば思うのだが、我らがなりわいとするデザインなる分野は、こんな風に素直に人を愛する気持をベースには出来ない“定め”のものだろうか…。マーケティングなど他に勝つ論理を優先し、デザインはそのためにあることが当然になっていて、人の幸せを願う心でデザインすることを忘れているのではないか…。せめて使う人の喜ぶ顔を思い浮かべてデザインしたい…。などと思うのである。
最後に「モーリー・ダーリン」の歌詞の末節を書いて雑文を終わります。
Molly, fairest, sweetest, dearest
Look up, darling, tel